三十路ダメ男通信2>歩んできた道(2)
| 歩んできた道を振り返る(2) |
| ◇高校時代◇ |
何もためらいもなく地元の公立高校に行く。 この瞬間が転機だと私は思っている。怠慢グセが露になっていく・・・・。 だらけた生活。人と接しない学校生活。 将来の夢や自分のやりたい事などこの頃は全く考えなかった。この時間をどう過ごしたいかとか何もかもね。朝起きて自転車でギリギリに学校に行く。そして終わったら一人で自転車で帰る。 そして部屋でだらだらと過ごす。 休みの日も同じくだらだらと一日を過ごす。 今の生活とほとんど変わっていない。 この高校時代から私は変わっていないのだ。 この時期は、すでに友達を作る能力もなくなっていた。 クラスでも数人としか話すことが出来なかった。 二人っきりだと会話なんて出来ないどうしようもないこととなった。 ある子に遠足のバスの席決めで一緒に座ることになって『○○と二人っきりになるの恐い』ってみんなの前で言われたこともあるし・・・。 分かってるよ。分かってるよ。 私もどうしようもなかったんだよ。 何を話せばいいのか分からなかったんだよ。 今だに何を話せばいいのか分からないんだよ。 二人っきりになるのが恐い。この場から抹消されたいって本当に思う。 趣味も特になく、毎日毎日だらだらと時間の浪費をしていた。 周りの子がバイトしたりしている時も私は部屋で寝ていた。 周りの子がバイクの免許をとりに行く時も私は何もせずに部屋で寝ていた。 周りの子が部活に精出している時も私は部屋で寝ていた。 そして高校時代の思い出なんて何も作ることができなかった。 当然、勉強もしなかった。 成績なんてもうひどいものだった。勉強なんて全くしてなかったんだから。 毎日授業に出ても右の耳から入り左の耳から先生の言葉が出て行く。 帰ってもゴロゴロして何もしなかった。 単位もギリギリだった赤点も経験した。3度ほど・・・。 高校入った時は学年でも50番以内に入っていたのに、卒業の頃には500番台だった。 高校卒業する時期に近づくにつれ精神的にひどくなっていたのか毎日が下痢で悩まされた。 ここから私の下痢人生が始まったといっていい。 365日下痢、それも液体しか出ない。 中間テスト、期末テストなんて最悪でした。 テスト時間中にトイレに行くんだから、周りは白い目で見るし、もうその場で腹斬って死にたい気分でした。下痢に耐えてテストを受けていたので、もう卒業前なんて成績はひどいものでした。 この事でみごと大学受験は失敗に終わる。 失敗といっても、テスト会場にたどりつかなかったのだ。 電車に乗ってお腹が痛くなり途中下車、トイレを探して、便をする。そして電車にのる。これの永続的なループを繰り返す為、結局受験会場に足を踏み入れる事が出来ませんでした。 悲惨である。資格試験もそうである。会場にすら行けないこの体を呪った。 病院で診察してもらうと過敏性大腸炎と診断がくだった。 で治らないとのこと。ガーン! 毎日だらだらと過ごしてストレスなんてたまらないだろう?って親なんて言うけど・・。 知らない間にたまっているんでしょうね。 この先、どうして生きていけばいいんだ!ってその頃もまだのほほーんとして考えることはしませんでした。 昔から自分に弱い人間だということは分かっていたけど、その問題点を直視せず、逃げてばかりで結局はズルズルと時間を無駄にしていた。 頭が悪い人間というのは簡単だろうけど、でも何か改善できなかったのか?普通のレールの上をまた戻ることが出来なかったのだろうかと今でも思う。 その頃も分かっていたはずだ、でも何もしなかった。 甘えていたのかな?まだこの時期は絶望なんてカケラ微塵もなかったし・・・。 周りがいろんなものを吸収し成長していくのに自分は何故それが出来なかったんだろう? 吸収せず、全てのものから逃げていただけ。成長が止まって時間がたつにつれ腐りはじめている。 脳が腐ることなんて言葉だけの世界かもしれないが、私の脳は腐っていると思う。 腐りつつあるっていうのかな。 情報、全ての知識が中学生の頃までのものなんだから・・・。 何か趣味があれば、また違った生きかたをしていたんじゃないかと思う。 オタクっていう人種がいるけど、私からしたら彼らは楽しい人生を歩んでいると思う。 何も知らない無知な人間より生きがいがある分だけいい人生だと思う。 なんの感動もなく、何も感じることもなく時間の浪費をしている私に比べたら立派だよ。 |
| ◇浪人時代◇ |
無意味な時間を過ごすことになる。 浪人すれば大学に受かると思っていたきらいがある。 でも、勉強しなければ当然、受からないわけだ、私は全くしなかった。 というより予備校にほとんど行かなかったのだからたちが悪い。 浪人なんてその場しのぎ的なとこもあった。 何もしたくない働きたくないから、とりあえず浪人するってとこからスタートしたから、親にしてみればたまったものではないだろう。 部屋でゴロゴロしていた。高校の時では考えられない一日中寝て暮していた。 廃人誕生の瞬間である。 これが私である。 廃人という言葉が私によく似合う。 自分の人生を振り返ったら廃人そのものなんだよ。 普通、高校生までにいろんな経験を積むはずなんだ。 人間関係においても将来の事についても、人生の指針をもう決めてなければいけないことなんだ。 仕事に関しては分からないかもしれないけど、でも漠然と何か見つけているはず。 でも、私にはそれが何もなかった。 将来何をしていきたいかとかこれから何をしていきたいかとか、明日何したいのかさえ何も考えられずにいた。 ほんとに頭の中は常時真っ白でいた。 無能の人。廃人。ダメ人間。私のためにある言葉だと思う。 あ、思い出したが私にとって唯一の趣味が高校三年の時に生まれる。 『競馬』である。はまった。 高校三年の夏にはWINSで補導もされたし。 毎週通っていた。 浪人時代も通っていたな。これくら精出して勉強していればとマジで思う。 受験前の冬休み時点で『試験にでる単語』10ページ分くらいしか覚えてなかった。 こんなんで大学を受かろうなんて甘すぎる。 といっても今回も受験会場にたどりつけずコンビニで立ち読みして時間を潰していたな。 |
| ◇専門学校時代◇ |
大学を落ちて、二年浪人しても勉強なんてするわけないと自分自身わかっていたので専門学校に行くことになる。親を説得してだが・・・・。 でも、当然のこと勉強なんてしなかった。 課題は全てコピーでしのぐ。 無駄な時間を過ごすことになる。 友達なんて完全にいなくなったな。 学校でも、惰性のつきあいだけ。 電話番号も聞かれることもなく、一緒に遊びに行くこともなく。 ただただだるい日々を過ごしていた。 周りの会話に入ることなく、ただ、無駄な時間を過ごした。 バイトも一度したけど半年くらいしてやめる。居酒屋だった。 それ以降、バイトしなかったから金がないから部屋で篭ることになっていった。 つまらない毎日、つまらない毎日、悶々と日々を耐え続けた。 いや、耐えてないかもしれない。 問題提起すら私の頭の中になかった。 何も考えずに廃人生活が進んでいく。 自分の現状を直視せず、考えることもなく、自分を見極めることも出来なくなる末自分の殻に閉じこもる。 何もしない自分に恐怖を覚え頭がガンガン痛くなる、体全体が震える、膝を抱えそれがおさまるのを待つ夜、なんどそんな夜を過ごしたことだろう。 考えたらバカまるだしである。 行動したら問題解決なんだから、でも行動はしない。そしてそのことに対して恐怖を覚える精神的に疲労するという悪循環に陥る。 転機なんて何も訪れることなんてなかった。 自分の事、何も考えてなかった。 そして就職活動へ。 |
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